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2008年11月19日 (水)

ウォーターランド・・・・・・

 1が並んだ秋晴れの日。

通りの木々が歩道に長い影を作っている。

福岡タワーへの入口に建つ、見慣れた彫刻も秋色を映しこみ長い影を作っている。

何故かその景色に懐かしいものを感じた。

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この彫刻は1989年に開催された《アジア太平洋博覧会》の時に建設されたもの。

作家は1998年の長野オリンンピックの聖火台でも知られている情報彫刻家 菊竹清文氏。

彫刻のタイトルは「ウォーターランド」。

機能的でクルーな素材は、円と緩やかな曲線の造形で構成されている。

覗く艶やかな赤がその形に生命力を宿らしている。

磨かれたステンレスの鏡面には季節の景色が映し込まれ、変化に富んだ表情を見せている。

「世界の人々との交流を考えた情報化時代の世界のネットワーク構想に基づき製作・・・・・」

彫刻の下に設置されたプレートに記されている。

 

この彫刻が創られる3年前、ニューヨークに滞在していた時、N.Yのイッセイ ミヤケに勤めていたI氏から菊竹氏を紹介される。

菊竹氏はニューヨーク・ポリテック大学に芸術研修生としてご家族とニューヨークに滞在し、多忙な毎日を過ごされていた。

同じ福岡からという事もあって、いろいろとお話をする機会に恵まれた。

ニューヨークで体験する様々な事で、お互いに話題には不自由しなかった。

情報彫刻という概念もこの時期に確かなものにしたと聞いている。

菊竹氏とそのご家族は、1年間の滞在を終え、ニューヨークの木々が紅葉しはじめた頃に帰国された。

帰国後も桜坂にあったご自宅にお邪魔して、貴重なお話を聞かせて頂いた。

博覧会の現場。

私も商業施設のお手伝いをさせて頂いていた事もあって、建設中の現場でお会いする事が何回かあった。

「何か、こんなモノ持たせられちゃって!」

テレながら、肩から提げた大きな携帯電話を見せてくれた。

今から想像がつかないほどに大きく、持つ人は限られていた。

情報彫刻家は最先端を行っていた。

何かを試していたのかもしれない。

菊竹氏は「ウォーターランド」とは別に、場内にもう一つ彫刻を製作していた。

2ヶ所の現場を忙しく移動していた。

それでも水量を調整している彫刻を前に「この彫刻は異国の彫刻と情報を共有して、電話回線でコンピューターを・・・・・・」。

今では何の違和感もない説明も当時は理解するのに時間がかかった。

珍しく木部とステンレスのハイブリットな素材の組み合わせの彫刻の前では、黄色にペイントされた造形の一部を指差して「造形には魂を入れないと!」。

その思いを丁寧に説明してくれた。

当時、私は菊竹氏の仕事を正確には理解出来ていなかったと思う。

しかし今、時代はまさにネッワークの時代。

先を見据えた菊竹氏の仕事を今改めて見直している。

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20年経った今も、この彫刻は機能している。

時代と移り変わる季節を映し込みながら。

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