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2010年3月

2010年3月20日 (土)

白熱灯・・・・・・・

 「消える白熱灯」・・・・・・大手のメーカーが白熱灯の生産を中止したと言う。

希望の灯りもその効率の悪さから、開発された新しい光源に席を譲る。

5年前に作った照明器具。

その時は最良と思ってランプに白熱灯を選んだ。

コンパクトに収まる大きさも選択の理由。

昨年暮れの点検時に、その発熱量と明るさが気になった。

白熱灯では今の明るさが限度。

発熱で器具の劣化も予想される。

5年前は「無いものねだり」だったが、効率の良いランプが沢山開発され、手に届く価格で店頭に並んでる。

ランプを変える事にした。

ランプの交換だけだったら簡単な話だが、選んだランプだと今の器具の構造では収まらない。

改良が必要。

今回も頼まれたわけでは無い。

オーナーに説明し、了解だけはとった。

Photo_3

LEDが理想だが、収まりが悪い。

選んだランプはEFD(電球型蛍光灯)の電球色。

暖かい色にこだわった。

口金の種類も揃っている。

60W形で消費電力は12W

寿命 約8倍

電気代 約1/5

発熱量 約1/5

パッケージに書かれた数字も説得力がある。

白熱灯などでは必ず熱抜き処理が必要だが、このランプは密閉の状態でも使用可との事。

蛍光灯なので安定器とその管の長さが必要。

捩じられた管はその必要に応じての形状。

管は渦状に巻かれ、限度までコンパクトにデザインされている。

それでも、白熱灯に比べると安定器などもあるので大きい。

Photo_4

後々の事を考えて手間をかけた。

発熱、明るさ・・・・・・確認の為に試作を作る事にした。

試作と言っても自分で使えるデザインにした。

使い古しのシェイカーとスプーン。

試作はコードペンダントの形にした。

シェイカーから覗いた渦形は何かチャーミング。

発熱量は手をかざしてその少なさを体感出来る。

仕事場で3週間ほど試灯した後、現場の照明も交換した。

今回は収まりの問題でEFDを使用したが、LED照明のさらなる低価格化を期待。

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2010年3月12日 (金)

ドア・チャイム・・・・・・

 商店街にある馴染みの床屋。

20日に一度・・・・・・・・・永く間をおいても月に一度は出掛けて行く。

時折々の話で気の置けない時間を過ごす。

店の装飾に私の作品が何点か置いてある。

わざわざ見学に来た人も居ると言う。

5年前、あるレストランのオーダーで特注のドア・チャイムを作った。

「ウチにも作って貰えませんか?」

情報を耳にした床屋のオーナーから注文。

予算も聞かずに好きな様に作った。

Photo

N・Yのフリーマーケットで見つけたシルバーのカトラリーを素材にした。

音は実証済み。

一目で気に入って貰った。

その日から、澄んだ音を店内に響かす事になった。

以外な素材のデザインとその音をお客さんも楽しんでくれていると聞く。

私も月に一度は否応無く観る事になった。

顔が写るほどに磨かれたスプーンやフォークも月日の経過とともにその景色を変えていく。

本物の素材の証でもある。

それはそれで味わいがあるが、嫌う人もいる。

途中何度か手入れをしたと言う。

5年の月日は景色を楽しむには少し無理なほどに汚れや錆びを身に着けていた。

作りは堅牢。

タフな開け閉めに耐えていた。

取り付けた当初の輝きを見たいと思った。

「このチャイム1日預からして頂けますか?」

半ば強引にドアから外して持ち帰った。

頼まれなくとも、する仕事はある。

Photo_4

Photo_5

鉄の部分に着いた錆びは丁寧にブラシで取り、バフで仕上げた。

後々の事を考え鉄の部分はクリアの塗装で止めた。

シルバーのカトラリーは酸で洗ってから、専用の磨き粉で磨いた。

シルバーは瞬く間に輝きを取り戻した。

最後はバフで仕上げる。

シルバーを塗装で仕上げるのは憚れる。

やはり素材そのものの風合いを大事にしたい。

輝きが欲しくなったら磨けばよい。

その手間は惜しまない。

届けた時のオーナーの笑顔で手間は報われる。

 

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2010年3月 3日 (水)

NEIL YOUNG・・・・・・・

 国を代表する選手の頑張りに一喜一憂した。

ドキドキと胸とどろかせ、ハラハラと危ぶんだ。

元気も貰った。

悔しさも味わった。

様々な感情を楽しませて貰った。

早めの昼食。

いつもの定食屋。

カウンターの奥にテレビ。

テレビの横に陣取る。

バンクーバー冬季オリンピックの閉会式。

選手をはじめ、関係者、ボランティアの功績を労い、賞賛、賛美する言葉に鳴り止まぬ拍手。

閉会が宣言される。

画面は聖火台の炎に変わる。

Ladys and Gentlemen・・・・・Neil Young!!」 

日本語の解説がつづく。

「聖火に別れを告げる時がきました・・・・・・・・・・」

「聖火の近くからカナダ出身のロック歌手、ニール・ヤングさんが登場しました。」

「曲は LONG MAY YOU RUN・・・・太陽への旅路」

アナウンサーの声に驚いた。

フロック・コートの様な丈の長い黒の上着に黒のスラックス。

ツバ広の帽子を被ったニール・ヤングがハーモニカーホルダーを首から下げ、使い込まれたマーチンを持って聖火台の前に立っている。

クローズアップされたニール・ヤングは少しふっくらとし、歳相応の貫禄。

ギターとハーモニカの音が会場に響きわたった。

「チラチラと場内に雪が舞いちりはじめました」とアナウンサーの声。

ストリングスの音が好きだった。

特にスティール弦を張ったアコースティックな音に惹かれた。

そんな音楽を選んで聴いていた。

Csny

CROSBY.STLUS.NASH & YOUNG のアルバム 《DEJA VU》 1970年

ニール・ヤングはC.S.N & Y(クロスビー.スティルス.ナッシュ&ヤング)の時代からのお気に入りだった。

1976年3月、今から34年前、ニール・ヤング30歳。

私は福岡で開かれたニール・ヤングのコンサートに鹿児島の現場から駆けつけた。

信じられないかもしれないが、場所は浄水に在った体育館。

折りたたみ式のパイプ椅子に座って聴いた。

長い髪のニール・ヤングもパイプの椅子に座っていた。

ハーベスト、ハート・オブ・ゴールド、テルミーホワイ・・・・・・・ニール・ヤングがそこに居る事が不思議だったが、レコードで聴いたリアルな歌がそこにあった。

劣悪な環境だったが、興奮したのを覚えている。

Long_may

閉会式で唄われた歌のタイトルのついたアルバムTHE STILE-YOUNG BAND 《LONG MAY YOU RUN》1976年

その時と変わらない歌声がテレビから流れていた。

Well,it was back in River

When I last saw you alive

But we missed that ship on the long decline

Long may you run・・・・・・・

ニール・ヤングの歌う「太陽への旅路」をBGMに聖火は消えていった。

思いもかけない演出にさまざまな事を思い出していた。

ランチにつくコーヒーの味が何時もと違っていた。

イベントは続いていたが店を出た。

最高のランチタイムだった。

嬉しい月のはじまりになった。

Photo_3

Photo_2

HARVESTとAFTER THE GOLD RUSHのCD

仕事場に戻って、’70年に発表された名作「アフタ・ザ・ゴールド・ラッシュ」を聴いた。

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2010年3月 1日 (月)

鑿・・・・・・・

 少しだらしのない話だが、先日は自分の昔の作品に励まされてしまった。

思いもかけなかったモノから励まされたり、教えられる事もある。

随分前になるが近くに住むM氏から、「作品の材料になりませんか?」と工具の入った箱をもらった。

どんな経緯でM氏の手元に渡ったかは聞きそびれたが「ありがとう!」と礼を言って素直に貰った。

金槌、釘抜き、ドライバー、鑿(ノミ)・・・・・・・箱に入っていたのは大工が使ったと思われる道具類。

何時の頃、使い手の手を離れたのか?

かなりの時間を経た事はその工具の錆び具合で分かった。

錆びてはいるが、どれもが多くの仕事をこなしてきた痕跡を残している。

中でも目を惹いたのがノミ。

Photo

48mm(1寸6分)と21mm(7分)の穂幅を持った2本のノミ。

ノミは先に切刃を持った平たい「穂」と呼ばれる部分と、「首」と呼ばれる穂から繋がる絞り込まれた金物の部分と、硬い木を加工した「柄」と呼ばれる3つの部分からなっている。

この2本のノミが、多くの仕事をしてきた事は柄の割れを防ぐ桂がついた槌の当たる部分の様子や穂の減り具合を見れば一目瞭然である。

Photo_2

売られているノミの穂と呼ばれる部分の長さは穂幅で少し異なるが平均して60~70mmほどある。

2本のノミの穂は、48mmのノミは30mm、21mmのノミにいたっては10mmほどを残すだけになっている。

どれだけの仕事をすればこの状態になるのか?

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手元にあるノミや彫刻刀を並べてみた。槌で叩いて使うモノや押してつかうモノ・・・・・一番使うのは熊本の工芸展で手に入れた右下にある切り出しナイフ

使う頻度は大工のそれとは比べものにならないが、私も何本かのノミや彫刻刀、切り出しを持っている。

いつでもベストの状態である様、研ぎの手入れは怠らない。

それでも、10数年使っても減りの程度は知れている。

勿論、大工の仕事と比べる事が出来ないのは百も承知だが、「研ぐこと」は多少理解は出来ると思っている。

昔は木造家屋の建築現場などで、ノミやカンナの刃を研いでいる大工さんをよく見かけた。

カンナかけ、、継ぎ手のホゾ加工、簡単な建具まで、昔は現場で加工されていた。

いまは建設の現場でノミやカンナを刃を研いでいる大工さんを見かける事は少ない。

いまはほとんどの材料が工場で機械を使って加工される。

私自身も電動の工具に大いに助けられている。

が、2本の錆びたノミを見ていると、

「便利になった分、内容や質は向上しているのか?」

そんな声が聞こえる。

答える言葉につまる。

この2本のノミの仕事に思いを馳せると、「まだまだ・・・・」と頭の下がる思い。

昔の錆びついた道具に励まされ、教えらている自分がいる。

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