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2010年11月18日 (木)

31年前の手紙・・・・・・

 遠く海外からのお電話ありがとうございました。

ブログも読んで下さっているとの事、他愛のない話を一つ。

Photo_9

この図録は1979年の9月23日から東京は西武美術館で開催された「カルダーの世界」展のモノ。

カルダーはモビールや針金を素材にした動く作品が有名だが、表紙はスタビルと呼ばれる鉄を素材にしたオブジェ。

タイトルは「屑鉄で作られたゴシック建築」。

先日、近くの商業施設で開かれていた古本市で見つけたモノ。

私が買うのを待っていた様にそこに在った。

「私が買わなければ!」そんな思いで迷う事なく購入。

31年も経っているので、日焼けしていたり染みも着いていたが、落丁も無く、価格と内容からすれば「お買い得」以外のナニモノでもなかった。

なにせ「カルダーの図録」である。

Photo_2

ページを捲ろうとした時、表紙の小口側にセロテープが貼ってあるのに気がついた。

無理に剥がすと傷つきそうだったのでそのままにしておいた。

後日、その部分をよく見ると、そのセロテープは表紙と黄色の見返しを止めていた。

Photo_3

少し気になって、表紙と見返しの間を広げて中を覗いた。

黄色の見返しの部分にブルーのインクで書かれたと思われる手紙が貼り付けられていた。

古本ならではのサプライズである。

見てはいけなと思わなかったわけではないが、旺盛な好奇心には勝てなかった。

Photo_4

テープをカッターで切り、表紙から見返しを外した。

手紙はセロテープで右上と左下の斜の2ヶ所で止められていた。

文字は退色して明るいブルーになっていた。

タイトルのように大きめの文字の書き出し。

今日は大変楽しい展覧会に行ったのでカタログを送ります。

☆カタログ モビール Hanging(図版№1)

 une Boule Noire,une Boule Blancheはケッサクで

図版は白黒で下に並んでいる鉢の色は分かりませんが、

会場はダークグレーの床上に(この写真は別の場所)

朱に塗ってあり、質は厚い鉄で、黒い玉を動かすと

白い玉も動き、それが まったく間のびして デタラメ

(白い玉は回転していて どこえ行くか分からない)に当り

なんとも ノドカな響きでした。

※ガードマンが勢いがなくなると やおら立ち上がり、

黒い玉をゆすりにくるのもコッケイでした。

☆図:11 “魚,ひっぱりおもちゃ〟は全く迫力がありました。

写真では ワリとマトモですが、もっと稚拙で、ウッツケ

仕事です。Kちゃんにも こんなものを作ってやりたく思います。

それでは また

10/3 ’79 夜

            署 名

ジージのヘタのメダタンショ。

手紙は謎の言葉で終わっているが、鑑賞した人ならではの感想が綴られていた。

その楽しさに、伝えたい人の為に思わず図録を買う・・・・・・そんな光景が目に浮かんだ。

その興奮を伝える為か、この手紙はその日のうちに書かれ、次の日には図録に添付され投函されたものと思われる。

お祖父さんが孫のKちゃんに送ったのか?

それともKちゃんの親に送ったのか?

文面から推測すると子供には少し難しい言葉が・・・・・・・・・

お祖父さんもアーティスト?

この手紙は読まれたのか?

図録にセロテープで止めたウッツケ仕事は気になるが、

表紙と見返しを止めていたセロテープと手紙を止めていたセロテープの状態は同じである。

セロテープの作業は同じ時期と思われる。

読み終わった後、なんらかの意図でその様にしたのか?

それとも開けられず、送られて来た時のままなのか?

謎は深まるばかり・・・・・・。

展示会はその後、北九州、神戸、横浜と巡回するのたが、日付から言うとこの図録は東京で買われた事は間違いない。

そして31年後に福岡に住む私の手元に・・・・・・・・・。

カルダーの作品はタイトルにも見て取れるように明解である。

その明解なカルダー作品の図録に添付された手紙は私を大いに楽しませてくれるとともに悩ませもするのだ。


※参考資料

Photo_7

                une Boule Noire,une Boule Blanche(黒い玉、白い玉)

Photo_8

                     Fish Pull Toy(魚、ひっぱるおもちゃ)

 

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コメント

今日のブログを見ていて‘79の夜を考えました。
日付の10月3日は僕の誕生日。
11歳の僕の誕生日の夜に
この手紙は書かれていたんだなぁ。
その夜、僕は何をしていたかなぁと。

きっと家族6人で、誕生会をしていただろうと。
楽しそうにケーキをたべていたんだろうなぁと。

・・・思い出せませんでした。
子どもの頃の記憶って、どうしてだか、なぜだか
不思議なくらい覚えていないんですよねぇ。

なんだかあの日の両親に、おばあちゃんに
謝りたくなりました。
ちょっぴり切なくなりました。

こんなコメントですいません。

投稿: N・Y | 2010年11月18日 (木) 23時17分

N・Yさんへ

コメントありがとうございます。
10月3日が誕生日だったとは・・・・何か不思議な気がしています。
31年前、私はそこそこの歳です。
在職中でデザインの仕事をしていました。
この時期でしたら、クリスマスの物件で忙殺されていたと思います。
1年の中でも一番忙しい時期です。
一番早いクリスマスディスプレの思い出は10月のはじめに半袖のTシャツで設営した宮崎の百貨店のウインドウです。
この時の事は詳細に覚えています。
布で製作したクリスマスケーキのオブジェを飾りました。

11歳の記憶は断片的ですが、
「3丁目の夕日」に出てくる様な子供時代でした。
後から写真を見て自分の頭の中で脚色されいるものもあると思いますが・・・・・。
その思い出は作品にも影響されていると思います。

投稿: 羽川再生堂 | 2010年11月19日 (金) 07時42分

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