« DANCNIG-BULL B・・・・・・・・・ | トップページ | ステンレスケーキ・・・・・・・ »

2011年10月11日 (火)

BARNEYS・・・・・・・・

 国際線のタ-ミナルが見える倉庫で2時間半ほどのミーティング。

仕事場に戻って製作にかかるには中途半端な時間。

天神で途中下車して2週間程前にオープンしたバーニーズ(BARNEYS)を覗いた。

ドアマンの招き入れる言葉のイントネーションが気になったが、店に1歩足を踏み入れると甘い香りが鼻腔をくすぐった。

記憶に残る懐かしい香りだった。

私がバーニーズを知ったのは’70年代を迎える頃、仙台で専門店のウィンドウディスプレイのデザインを手掛けていた時。

近くの写真店の店主が見せてくれた一冊のディスプレイの専門誌。

INSPIRATION(インスピレーション)と言うスイス発のそのディスプレイ専門誌は私の好奇心を大いににくすぐった。

世界中のウィンドウ演出が紹介されていた。

その中にニューヨークのバーニーズのウィンドウがあった。

ウィンドウデザインとしての機能を果たしながらも、そのウィンドウは洗練されたアートを見るようでもあった。

そのアーティスティクなウィンドウから目が離せなかったのを覚えている。

バーニーズは1923年にバーニー・プレスマン(BARNEY PRESMAN)によって創業された。

500ドルの資金で40着のスーツを揃え、マンハッタンはチェルシー地区にバーニーズは誕生した。

私が見たインスピレーション誌の写真はメンズ中心のスペシャリティストアとして注目されていた頃だった。

ヨーロッパのデザイナーなども積極的に紹介し、ニューヨークにバーニーズ在りと言わしめる様になっていく。

商品の品揃えもさる事ながら、話題に富んだウインドウディスプレイも注目されていた。

1993年にバーニーズはマジソン街に移転するが、私の中にあるバーニーズは7番街は西16丁目と西17丁目の間にあった店が記憶に深い。

今でも私の中のバーニーズは7番街。

香りの記憶はこの店にはじめて訪れた時のもの。

7番街側に面して11ヶ所、西17丁目側に2ヶ所、西16丁目側に1ヶ所、バーニーズには計14ヶ所のウィンドウが在った。

この14ヶ所のウィンドウのデザインを取り仕切っていたのがサイモン・ドーナン氏(SIMON DOONAN)。

これらのウィンドウは2~3週間毎に内容が変えられる。

経験と才能が求められる仕事。

イギリス出身のサイモン氏はストレートではなかった。

その独特な感性でバーニーズの知的で遊び心に満ちたメッセージを形にしていた。

1986年の春、7番街は西16丁目の角にあったサイモン氏の仕事場を訪れた。

この年、私は先端のVMDを学びたくニューヨークを訪れていた。

現場で経験を積みたく、目当てとする百貨店や専門店の面接を繰り返していた。

高級百貨店サックス・フイフス・アベニュー、専門店のボンウットテーラー、世界1大きい百貨店メーシーズ・・・・・・などなど。

そのメーシーズの販促部長がサイモン氏を紹介してくれた。

専門的な会話に備えて通訳のT・Jさんを伴っての訪店。

後にニューヨークのデザイン界に大きな影響を及ぼすサイモン氏はロンドンでデザインの経験を積み、この年にウィンドウのクリエティブデレクターとしてバーニーズに入社したばかり。

思っていたより小柄なサイモン氏は遠くからの訪問者に気遣って丁寧に仕事のシステムなどを教えてくれた。

ファッションのストーリーは勿論の事、ニューヨークと言う特別な街の状況や時事・・・・・・様々な情報を「らしく」サイモン氏はデザインする。

アプライドアート(実用芸術、機能する芸術)言う概念を知ったのもサイモン氏の言葉から。

感覚的に見えるウィンドウのデザインも緻密な計算やシュミレーションの上に成り立っていいると言う。

仕事場にはウィンドウと同じスペースが用意されている。

そのスペースで構成物やマネキンなどの配置をシュミレーションすると言う。

デザインは、このシュミレーションによって完成度を上げ、より効果的な方向へ高められていく。

また、日本とは違ってマネキンなどは買取なので、何回も使い回すマネキンのメイクも自らで施す。

私が惹き付けられた訳を知った。

この短いインタビューと1年間に渡るウィンドウ取材はその後の私に大きな影響を与えた。

デザインと製作も手掛ける様になった90年代後半、仕事のプロセスにミニチュアの製作は勿論の事、可能な場合は取り付けられるウィンドウのスケールを仕事場に作り込んだりもした。

この仕事の仕方はサイモン氏の影響かと・・・・・・・・・・・・。

現在の創作の切っ掛けも百貨店のウィンドウの仕事。

私の創作活動はウィンドウを強く意識しているところがある。

そして、その原点はバーニーズ・・・・・・・・・・・・。

そんな事を思い出しながら、アイアンのオブジェや点在するアーティステックなプロップスを観ていた。

勿論、誘惑の多いファッションも・・・・・・・。

Photo

2001年に発行されたサイモン氏の著書「ウィンドウ ドレッサーの告白」。

Photo_2

1986年にインタビューした時に交換した名刺とサイモン氏直筆のサイン。

Photo_3

右側のテレビのモニターを使ったウィンドウは訪れ年に施工されたもの。

暮れかかった街のウィンドウに写りこむ自分の姿に時間の流れを感じたが、まだまだ出来ると言う思いも強くした。

|

« DANCNIG-BULL B・・・・・・・・・ | トップページ | ステンレスケーキ・・・・・・・ »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

羽川さん、いいっすね。いい話を聞く(読む)ことができました。まだまだこれからでしょう。

投稿: tanies88 | 2011年10月15日 (土) 20時36分

tanies88さんへ

ご無沙汰しています。
古い話になってしまいましたが、コメントありがとうございます。
黙って自分の記憶に留めておけばいい事かもしれませんが、今の自分を確かめる良い機会でした。
また面白い仕事ご一緒出来ればと思ってます。

投稿: 羽川再生堂 | 2011年10月16日 (日) 08時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/412582/42401900

この記事へのトラックバック一覧です: BARNEYS・・・・・・・・:

« DANCNIG-BULL B・・・・・・・・・ | トップページ | ステンレスケーキ・・・・・・・ »