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2012年6月28日 (木)

仙台で・・・・・・・

 震災後はじめての仙台。

言い訳をしながら不義理な自分を恥じている。

徹夜明けの兄が出迎えてくれた。

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空港は震災前と変わらぬ活気に満ちていたが、、空港を囲む風景は以前を知る人には息を飲む様な荒涼とした景色が広がっていた。

震災から1年と3ヶ月。

兄の計らいで空港に近い閖上浜を通って母が同居する兄の自宅まで。

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土台だけを残した町跡が延々と続いている。

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所々に残る大きな家も外観は新築の様な印象だが住人は居ない。

外れた戸の間から大量の土砂が流れ出している。

閖上浜から兄の自宅までは直線で6㌔強。

津波で被災した地域とは目と鼻の距離。

そんなリアルが心に痛い。

兄の自宅も様々な震災の痕跡。

壁のクラック。

床の歪み。

これから補修工事に入るとの事。

地震対する備えも経験した兄ならではの工夫が凝らされていた。

居間と台所を仕切っていた食器棚が外され、壁際に配された棚類はパイプで固定され、引違の戸には心張棒がそれぞれの戸に取り付けられている。

食器を必要とする時はその心張棒を外して取り出す。

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はじめは防護シートかと思ったが、大きなガラス戸にはエアーパッキン。

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兄お手製の簡易地震感知器。

ペットボトルに5分目ほどの水を入れただけのモノ。

地震を察知して水面に輪が出来るという。

「これが一番」と兄が言う。

意に副わない事や不便さを受け入れながら、不安な毎日を拂拭しながら元気に過ごす家族に頭が下がる思い。

滞在3日目、兄夫婦と閖上浜の日和山から石巻の日和山までの海岸沿いを車で巡る。

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                 橋の向こう、海岸側には瓦礫の山

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                      石ノ森萬画館

滞在中、北九州市が瓦礫の受け入れを表明した。

東日本大震災は対岸の火事では無い。

私たちの事として受け止める。

まだまだ被災地は支援を必要としている。

私も微力ながら、支援活動を継続していきたと気持ちを新たにした。

行先に追いかけて来た台風4号、真夜中の非難準備警報、夜明けの地震・・・・・・・いろいろな洗礼を受けたが、ほんの少しだが被災地の今を知った仙台滞在だった。

お兄さん、お姉さんありがとうございました。

お母さん何時までもお元気で・・・・・・。

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