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2019年3月 6日 (水)

バブルラップ・・・・・・

 ン村上隆自身がコレクションしたと言う約2000点に及ぶアート作品による企画展を観る為に熊本に出掛けて来た。

翌日が最終日と言うぎりぎりの日になったのは、仕事のスケジュールもあったが予定されていなかったクロージングトークがこの日にあると聞いたからでもある。

スーパーフラット同様に村上隆が1980年代を中心としたバブル経済期のアートシーンに命名したのが「バブルラップ」。

「バブルラップ」とはエアーパッキンの事。

プチプチと指で押せば壊れやすい素材と何でも包む安価な梱包資材に清貧と良しとするに日本人の美意識を重ねたと言う。

展示は大きく2つに分けられていた。

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村上隆のアイコンでもある「目」をモチーフにした作品で装飾された入口と空山基のセクシーロボット。

前半は入口の空山基をはじめ篠山紀信、三木富雄、山口はるみ、荒木経惟、森村泰昌、奈良智美、大竹新朗、日比野克彦、川俣正などなど60年代後半から2000年までの知られた作家の作品が展示されている。

九州を代表する菊畑茂久馬の奴隷系図も・・・・・・・。

安価な素材を感じさせない深さのあるマチエール。

芸祭で村上隆自身が見出したタカノ綾や青島千穂の作品も並ぶ。

ポップアートに毒され、デザイナー時代に刺激を受けた懐かしい作家の作品に感涙。

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トークショーで語られた80年代を代表する日比野克彦のグランドピアノ(熊本美術館蔵)

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グルーヴィジョンズのチャッピー33

後半は1700点もの陶芸や骨董の展示。

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古木、古布、錆びたトタンなどの廃材で構築された薄暗い空間に量感を持って展示。

奈良智美などの陶芸オブジェなどもあるが、大半は数千円で販売されている素朴でシンプルな皿や器。

古木で設えた棚や廃屋の様な空間に並ぶ皿や器、オブジェは前半の混沌としたバブル期を中心としたアートと何処か共通している様にも見える。

会場の最後に展示された「古道具坂田」の店舗を再現したインスタレーション。

使い古されたコーヒードリップのフイルターが壁に飾られる。

独自の価値観を持って選ばれたモノ。

富や権力で支えられたモノでは無く「清貧」を持って良しとする「美」が見える。

これが村上隆氏のコレクションの一部だと言う事にも驚き(ここに清貧は無いが)。

元ブルータス副編集長で美術ジャーナリストの鈴木芳雄氏と村上隆氏によるトークショーもあっと言う間の2時間だった。

熊本城にも足をのばして、刺激的な1日を満喫する。

 

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2014年6月 3日 (火)

釣り人・・・・・・・・・

 オーダー頂いていた作品の一つが仕上がった。

少しだけだが気持ちに余裕が出来た。

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1年前に庭で採れた梅で仕込んだ酒で一息いれた。

爽やかな香りが口一杯に広がった。

炭酸の泡ほどの幸せ感。

オーダーの作品があと数点あるのだが、合間をみて新作にも取り掛かろうと思っている。

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加布里に来て製作した作品の中では納得のいく出来だった「フィシャーマン」。

後から「ANGLER」とタイトルを変えた。

値段も聞かずに購入して下さった東京は国分寺のMさん。

Mさんがもう一つ選んで下さったのが前回紹介した新作の「BIRD」。

その選択に密に拍手を送った。

作品が届いた日にMさんが家族それぞれの反応や感想をメールして下さった。

これだけ喜んで頂けるなら・・・・・・・・・・・・・・。

こちらも感激。

その高揚は次のステップに踏み出すのに十二分。

デザイン関係のお仕事をされているMさんの仕事場を兼ねたご自宅には来客も多いとお聞きする。

作品にとってはこれとない環境。

M家と訪れた方々に少しでも楽しい時間を提供出来たらと願っている。

反応も楽しみである。

同じ作品を製作するつもりは無いが同様のストーリーも新作に加えたいと考えている。

変わらぬ創作の日々が続きそうだが、気は十分。

涼しい風が吹く頃までには新作も何点か仕上げたいと思っている。

少し先の話ではあるが・・・・・・・・・・・・。

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2014年4月 6日 (日)

1996年~・・・・・・・・・

 花散らしの雨。

桜の花びらは隣の庭も桜色に染めている。

木々は新芽を拭いて緑を濃くしている。

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桜で隠れていたツツジに赤い蕾。

次の季節はもうそこまで・・・・・・・・。

少し寒さの戻った先週末に建築家のK邸の新居のお披露目を兼ねた花見の宴にお邪魔した。

愛宕の山の麓に昨年新築されたK邸は設計事務所と住居を兼ねた5階建。

昔、敷地周辺には愛宕山に昇るケーブルカーのホームがあったと聞く。

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山の斜面に満開のソメイヨシノ。

窓枠を額縁に桜を観る絶好のポジションに席を構えての宴。

宴席を囲むのは5組の夫婦にK氏の長男U君の11人。

それぞれの世界を持った友人と杯を重ね、美味しい料理に舌鼓を打ち、話に花を咲かせた。

モノ創りの共通点とお互いの仕事を認める気持ちが会話を優しくしている。

Kさんご夫妻とは1996年からのお付き合い。

1996年は岩田屋のZサイド(現岩田屋本店)がオープンした年。

そのZサイドの真新しいギャラリーで個展を開いた事もあってよく覚えている。

その後、個展は勿論の事、百貨店の催事も含め、ほとんどの催しに足を運んで下っている。

作品が取り持つ縁でKさんとは仕事もご一緒させて頂いた。

嬉しい事に新築された住居や事務所に私の作品が点在している。

少し照れ臭かったが有り難さが勝っている。

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   薪ストーブのあるリビングから表を覗くNECO 2000年に製作

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    ボックス上段と什器上に並べられた私の作品 新旧仲良く並んでる

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    ハンドルを回すと願いが叶う?・・・・・・・赤龍 2004年頃製作

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スプーンとフォークを素材にした「メタモルフォーゼ」理想的なモルタルの壁面に 1995年製作

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程よいところで小休止。

薪ストーブに火が入れられる。

揺らめく炎は見飽きる事がない。

居心地のよい空間に贅沢な時間が流れる。

〆の煮込み料理まで頂き、腹も気分も十二分に満たして、後ろ髪を引かれつつ散会。

作品との出会いもあり、美味しく、満たされた一日だった。

ご馳走さまでした!

 

 

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2012年6月28日 (木)

仙台で・・・・・・・

 震災後はじめての仙台。

言い訳をしながら不義理な自分を恥じている。

徹夜明けの兄が出迎えてくれた。

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空港は震災前と変わらぬ活気に満ちていたが、、空港を囲む風景は以前を知る人には息を飲む様な荒涼とした景色が広がっていた。

震災から1年と3ヶ月。

兄の計らいで空港に近い閖上浜を通って母が同居する兄の自宅まで。

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土台だけを残した町跡が延々と続いている。

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所々に残る大きな家も外観は新築の様な印象だが住人は居ない。

外れた戸の間から大量の土砂が流れ出している。

閖上浜から兄の自宅までは直線で6㌔強。

津波で被災した地域とは目と鼻の距離。

そんなリアルが心に痛い。

兄の自宅も様々な震災の痕跡。

壁のクラック。

床の歪み。

これから補修工事に入るとの事。

地震対する備えも経験した兄ならではの工夫が凝らされていた。

居間と台所を仕切っていた食器棚が外され、壁際に配された棚類はパイプで固定され、引違の戸には心張棒がそれぞれの戸に取り付けられている。

食器を必要とする時はその心張棒を外して取り出す。

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はじめは防護シートかと思ったが、大きなガラス戸にはエアーパッキン。

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兄お手製の簡易地震感知器。

ペットボトルに5分目ほどの水を入れただけのモノ。

地震を察知して水面に輪が出来るという。

「これが一番」と兄が言う。

意に副わない事や不便さを受け入れながら、不安な毎日を拂拭しながら元気に過ごす家族に頭が下がる思い。

滞在3日目、兄夫婦と閖上浜の日和山から石巻の日和山までの海岸沿いを車で巡る。

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                 橋の向こう、海岸側には瓦礫の山

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                      石ノ森萬画館

滞在中、北九州市が瓦礫の受け入れを表明した。

東日本大震災は対岸の火事では無い。

私たちの事として受け止める。

まだまだ被災地は支援を必要としている。

私も微力ながら、支援活動を継続していきたと気持ちを新たにした。

行先に追いかけて来た台風4号、真夜中の非難準備警報、夜明けの地震・・・・・・・いろいろな洗礼を受けたが、ほんの少しだが被災地の今を知った仙台滞在だった。

お兄さん、お姉さんありがとうございました。

お母さん何時までもお元気で・・・・・・。

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2011年10月11日 (火)

BARNEYS・・・・・・・・

 国際線のタ-ミナルが見える倉庫で2時間半ほどのミーティング。

仕事場に戻って製作にかかるには中途半端な時間。

天神で途中下車して2週間程前にオープンしたバーニーズ(BARNEYS)を覗いた。

ドアマンの招き入れる言葉のイントネーションが気になったが、店に1歩足を踏み入れると甘い香りが鼻腔をくすぐった。

記憶に残る懐かしい香りだった。

私がバーニーズを知ったのは’70年代を迎える頃、仙台で専門店のウィンドウディスプレイのデザインを手掛けていた時。

近くの写真店の店主が見せてくれた一冊のディスプレイの専門誌。

INSPIRATION(インスピレーション)と言うスイス発のそのディスプレイ専門誌は私の好奇心を大いににくすぐった。

世界中のウィンドウ演出が紹介されていた。

その中にニューヨークのバーニーズのウィンドウがあった。

ウィンドウデザインとしての機能を果たしながらも、そのウィンドウは洗練されたアートを見るようでもあった。

そのアーティスティクなウィンドウから目が離せなかったのを覚えている。

バーニーズは1923年にバーニー・プレスマン(BARNEY PRESMAN)によって創業された。

500ドルの資金で40着のスーツを揃え、マンハッタンはチェルシー地区にバーニーズは誕生した。

私が見たインスピレーション誌の写真はメンズ中心のスペシャリティストアとして注目されていた頃だった。

ヨーロッパのデザイナーなども積極的に紹介し、ニューヨークにバーニーズ在りと言わしめる様になっていく。

商品の品揃えもさる事ながら、話題に富んだウインドウディスプレイも注目されていた。

1993年にバーニーズはマジソン街に移転するが、私の中にあるバーニーズは7番街は西16丁目と西17丁目の間にあった店が記憶に深い。

今でも私の中のバーニーズは7番街。

香りの記憶はこの店にはじめて訪れた時のもの。

7番街側に面して11ヶ所、西17丁目側に2ヶ所、西16丁目側に1ヶ所、バーニーズには計14ヶ所のウィンドウが在った。

この14ヶ所のウィンドウのデザインを取り仕切っていたのがサイモン・ドーナン氏(SIMON DOONAN)。

これらのウィンドウは2~3週間毎に内容が変えられる。

経験と才能が求められる仕事。

イギリス出身のサイモン氏はストレートではなかった。

その独特な感性でバーニーズの知的で遊び心に満ちたメッセージを形にしていた。

1986年の春、7番街は西16丁目の角にあったサイモン氏の仕事場を訪れた。

この年、私は先端のVMDを学びたくニューヨークを訪れていた。

現場で経験を積みたく、目当てとする百貨店や専門店の面接を繰り返していた。

高級百貨店サックス・フイフス・アベニュー、専門店のボンウットテーラー、世界1大きい百貨店メーシーズ・・・・・・などなど。

そのメーシーズの販促部長がサイモン氏を紹介してくれた。

専門的な会話に備えて通訳のT・Jさんを伴っての訪店。

後にニューヨークのデザイン界に大きな影響を及ぼすサイモン氏はロンドンでデザインの経験を積み、この年にウィンドウのクリエティブデレクターとしてバーニーズに入社したばかり。

思っていたより小柄なサイモン氏は遠くからの訪問者に気遣って丁寧に仕事のシステムなどを教えてくれた。

ファッションのストーリーは勿論の事、ニューヨークと言う特別な街の状況や時事・・・・・・様々な情報を「らしく」サイモン氏はデザインする。

アプライドアート(実用芸術、機能する芸術)言う概念を知ったのもサイモン氏の言葉から。

感覚的に見えるウィンドウのデザインも緻密な計算やシュミレーションの上に成り立っていいると言う。

仕事場にはウィンドウと同じスペースが用意されている。

そのスペースで構成物やマネキンなどの配置をシュミレーションすると言う。

デザインは、このシュミレーションによって完成度を上げ、より効果的な方向へ高められていく。

また、日本とは違ってマネキンなどは買取なので、何回も使い回すマネキンのメイクも自らで施す。

私が惹き付けられた訳を知った。

この短いインタビューと1年間に渡るウィンドウ取材はその後の私に大きな影響を与えた。

デザインと製作も手掛ける様になった90年代後半、仕事のプロセスにミニチュアの製作は勿論の事、可能な場合は取り付けられるウィンドウのスケールを仕事場に作り込んだりもした。

この仕事の仕方はサイモン氏の影響かと・・・・・・・・・・・・。

現在の創作の切っ掛けも百貨店のウィンドウの仕事。

私の創作活動はウィンドウを強く意識しているところがある。

そして、その原点はバーニーズ・・・・・・・・・・・・。

そんな事を思い出しながら、アイアンのオブジェや点在するアーティステックなプロップスを観ていた。

勿論、誘惑の多いファッションも・・・・・・・。

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2001年に発行されたサイモン氏の著書「ウィンドウ ドレッサーの告白」。

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1986年にインタビューした時に交換した名刺とサイモン氏直筆のサイン。

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右側のテレビのモニターを使ったウィンドウは訪れ年に施工されたもの。

暮れかかった街のウィンドウに写りこむ自分の姿に時間の流れを感じたが、まだまだ出来ると言う思いも強くした。

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2011年9月15日 (木)

情報雑誌「ぴあ」 最終号・・・・・・・・

 少し前の話。

情報雑誌「ぴあ」が8/4.18の合併号を持って39年の歴史に幕を引いた。

創刊当時、「ぴあ」は地方の書店に並ぶ事はなかった。

数は少ないが並ぶようになったのは数年後の事だったと記憶している。

当時、私は会社勤めをしており、東京出張の折、情報源として何かとお世話になった。

が、何よりも私に「ピア」を手に取らせたのはその表紙だった。

及川正通が描く表紙のイラストレーションはディズニーのファンタジーに加え大人の悪戯心に満ちていた。

お馴染みの及川正通のイラストレーションによる表紙は1975年9月から。

記念すべく1号の表紙を飾ったのは「フレンチコネクション 2」のジーン・ハックマン。

炎から跳び出る若き日のハックマンが描かれている。

「ぴあ」の歴史は39年間、その大半を占める36年間に及川正通が手掛けた表紙のイラストは1300点に及ぶ。

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               オマケの付いた予約販売で購入

最終号の表紙は中央に1981年3/27号の表紙、スティービー・ワンダーに1号のハックマンや山口百々恵などを配している。

 

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及川正通が表紙を担当したのは1975年から今までの36年間。

ここに担当した期間の中間になる1993年、18年前に及川正通を特集した「イラストレーション」と言う雑誌がある。

ここでも同じスティービー・ワンダーが表紙を飾っている。

「閃きの発想から生まれる架空のドラマと遊び心」・・・・・ハーモニカをショートケーキに持ち変えた発想は氏もお気に入り。

閃きが最初に上手く定着出来た作品だと自ら語る。

思い入れのある作品だと理解出来る。

遊び心に溢れた氏のイラストレーションが見れなくなるのは残念だが、最終号は及川正通の作品を余すところなく紹介している。

描かれたアーティストのコメントなども面白く、充実した内容。

保存の1冊である。

 

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2011年9月 1日 (木)

夕日に・・・・・・

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8月最後の日。

今年初めて来た百道の浜。

海風が心地よい。

真夏の少し殺気を含んだ空気は陰を潜めている。

堤防に座り、西の空に降りて行く陽を見送った。

ゆっくりと、ゆっくりと沈む夕日は暑い季節の終わりを惜しんでいるかのようだった。

陽は重なる雲を赤く染めて西の山陰に沈んでいった。

陽はまた昇る・・・・・・・・郷里の早い復興を願って合掌。


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2011年7月30日 (土)

いろいろ・・・・・・・

 デジカメに貯まった画像。

それぞれに物語はあるのですが・・・・・・・・・・。

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仕事場に向かう途中に5匹の猫。玄関先、屋根の上、車の下、観葉樹の陰・・・・いろいろな処から見送られています。

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以前に108日間にわたって観察した役所の朝顔。6月の10日に今年も植えられた。去年は暑さで開花しのは僅か。今年は・・・・・・・。

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孫への思いを形にしたU氏の作品。ペットボトルをボーリングのピンに見立てた遊び道具。いろいろと考えています。素敵な事です。

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毎年律儀に開花するサンパラソル。階下に花が落ちない様に萎れたら早めに摘みます。落ちたら拾い集めます。快適に過ごす礼儀です。

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最近はまっている玉葱のフライ。海老フライは添え物です。玉葱のフライがメインです。ソースをかけて辛子をつけて食します。玉葱の甘みが口に広がります。生でも食しますが、フライにすると甘みが増します。毎日でも・・・・・・・。

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7月3日、支援ライブの帰りに見つけたツバメの巣。ここでは子供たちが大きな声で歌っていました。

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娘が「スマイルマークだ!」と大きな声を出して喜んでました。水滴が作ったアート?です。分かるかなァ~?

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危ないところでした。仕事場に向かう途中にあるカーブミラーです。何時も確認してから渡ります。左から来た車両、手前のウインカーが点滅。こちらに曲がって来るものと思い右側に避けて前に進んだ。判断とは反対に車は私の進行方向と同じ方向に曲がって来た・・・・・・ミラーです。

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7月11日・・・・朝顔開花。

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7月20日 19:57。雨雲が空を覆う。

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20:07・・・・・・10分後。街は暗闇の中。

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糸島のMさんからの頂き物。自家製の野菜です。朝取りです。このトマトでしか出来ないトマトライスを早速・・・・・・。遅くなりましたが、Mさん、ありがとうございました。

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昨年の7月からシステムが変わりました。診察カードを入れて出てきたシートの番号が私の今日の番号です。採血も診察もこの番号で呼び出されます。番号の出るモニターを気にしつつ順番を待ちます。何か味気ません・・・・・・・・・・

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止血のテープがダメ出ししています。

日の目を見ないでCDに保蔵される映像。

シャッターを押した分けもCDに・・・・・・・・・・。

でも何かスッキリしました。

HEART BIRD PROJECTはスタートから2ヶ月が経ちました。

国東のMさん、テオ・ヤンセンの話、羨ましくもあり嬉しくもありました。

御社のパワーを見た感じです。

タイムリーな話題でした。

ニューヨークでのギフトショーの成功を願ってます。

HEART BIRD Pへのご協力もありがとうございました。

また面白い話聞かせて下さい。

百道のNさん、HEART BIRD Pへのご協力ありがとうございました。

また通りでお会い出来たらと思います。

いろいろな方々に支えられています。

ありがとうございます。

 



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2011年2月15日 (火)

2・14・・・・・・・

 チョコレート売場に女性が集まっている幸せな光景。

男性もチラホラ・・・・・・・・・複雑な光景。

自宅に帰ると何時もと少し違う雰囲気。

娘の部屋にも灯りがついている。

久し振りに3人揃っての夕食。

今日は万能の鍋ではない。

チキンにシチュー、サラダ、パン・・・・・・洋食な感じ。

デザートは連れ合いが焼いたバナナケーキ。

これも久し振り。

連れ合い自慢のケーキ。

今日はチョコレートソースとオレンジが添えられている。

我が家もバレンタインデーの気分。


食事の後、娘がチョコレートを作り出す。

当日の夜のパフォーマンスに呆れつつ「私のも有るのか?」と聞く。

ボーイフレンドと同じモノをプレゼントしてくれると言う。

「同じだョ!」と強調する。

面白がって観察。

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何やら段取って手際よく作っている。

試練の賜物?

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12時を回る前に出来上がった。

「お父さんに!」とメッセージが添えられた手作りチョコ。

「ありがとう!」素直にお礼を言った。

昨年の今頃は娘は徹夜の続く毎日に忙殺されていた。

それでも、友達に頼んで買って来て貰ったと言う有名店のチョコレートを貰った。

今日、手作りが出来る時間に喜んでいる。

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添えられたメッセージカード。

「毎度 ご迷惑をおかけしております。」

カードを開くと「これからもよろしく お願い致します」のコピー。

自分を良く理解していると納得した。

義理とは分かっていても気遣いに感謝の私。




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2010年9月 6日 (月)

チョットその気に・・・・・・・

 高い天井を持つ広々としたスタジオ。

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充実した撮影用の機材や衣装が並んでいる。

スタジオの中央にホリゾントと台・・・・・・。

照明のセッティングもされている。

茶系のホリゾントは厚手の布にスペインの職人が手描きしたものだと言う。

既製品には無いマチエールが美しい。

重ねられた箱ウマは黒い布で覆われ、高低がつけられている。

その台の上に座った私。

前にはプロの写真家がカメラを構えている。

写真家はスタジオ タイシンを主催する是川太伸氏。

11月に予定している「個展」の為の撮影。

被写体として参加させて頂いた。

是川氏に気遣われ、リラックスしていくが、素人の私はまな板の鯉。

成すすべも無く、そこ居るだけ。

形作ったところでたかが知れている。

羞恥心が少し退化しているのが救い。

シャッターがきられるとストロボが音を発てて光る。

テンポ良くシャッターがきられる。

同調してストロボが光る。

素人が何か良い気分になっている。

モニターで確認。

プロの仕事にこちらは照れる。

途中、シャツを着替えたり、メガネをかけたり・・・・・。

終われば、200近い回数シャッターはきられたと言う。

貴重で嬉しい体験をさせて頂いた。

このタイミング。

写真家に聞いてみた。

「お約束?・・・」の話を。

明快な答えが返ってきた。

「情報ですヨ」

「限られた画の中にどれだけ分かりやすい様に情報を仕込むか・・・・・」

「この作品はこの人が作ったんですよ・・・・・・・作品を手にした作家の画は伝えたい情報をストレートの届ける。」との事。

納得。

チョイトその気になった楽しい時間でした。

撮影後、奥様のYumicoさんを加えて昼食。

是川氏行き着けのレストラン。

お薦めの「鶏のコンフィ」は絶品でした。

「マスタードをつけたら・・・・・」氏のアドバイス。

またまた私好みの味に。(コンフィの写真はこちら時空カフェへ・・・・・・)

遅くなりましたが、貴重な体験と美味しい昼食をありがとうございました。

暑い盆明けの日の事でした。

是川氏の展示会の詳細は後日・・・・・・。

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